Bumblefootことロン・サールの来日公演を観てきた。途方もない演奏技術と超人的な歌唱力を併せもった、いかなるときもユーモアを忘れないこの男の魅力の虜となって帰ってきたわたしが、ライブを観ながら感じたこと考えたことなどをつらつらと書き連ねてみるとしよう。なお、通名となって久しいBumblefootではなく、ここではロン・サールと呼ばせていただく。
前回の来日公演はすこぶる評判がよく、諸事情により見逃してしまったことを残念に思っていただけに、この機を逃すわけにはいかなかった。そして、予想をはるかに上回る素晴らしいライブにいたく感動することとなったのだった。(観ているあいだは笑ってる時間の方がずっと多かったのだけど)
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会場からはポロポロとギターの音が聞こえてくる。どうやら、すでにロンはステージにいるようだ。そう言えば、「Pre-show Show」と謳って開演前も演奏しているという話を、Twitterで聞いていたことを思い出す。到着を遅らせたのは迂闊だった。が、焦ったところで行列がなくなるわけでもなく、大人しく順番を待つ。
会場に入ると案の定、ロンがギターを弾いていた。片方のネックがフレットレスになっている、お馴染みのダブルネック・ギターだ。大きな月がバックに映し出されているのはこの会場(月見ル君想フ)の際立った特徴で、月を愛でてやまないわたしにとってとても好ましい仕様である。
ちょうどロンが「公式には、まだショウは始まってない」と言い訳じみたMCをしているところだった。ひとフレーズ弾いては足元のルーパー(録音したものをループで流す機材)でバッキングをループさせ、その上にソロを重ねていく。(このときはデヴィッド・ボウイの曲をやっていた。"Space Oddity"だったかな)
開演時間が近づくと「そろそろだ!そろそろ始めるよ!」とわざわざ自分から口にするロン。しばし「発声練習」と称して、様々なヘンテコフレーズを一同にやんわり強要しては、いたずらっぽく笑っている。甘い紅茶がいたくお気に入りのようで、一口飲んでからその美味しさを解説。(以後何回もおかわりすることになる)
客電が消えて暗転するとオーディエンスから大きな声があがり、いよいよライブの本番(というのもおかしな話だけど)が始まる。曲は本邦のお笑い番組などでお馴染み「泥棒のテーマ」こと"Pink Panther Theme"である。GUNS N' ROSES在籍時からやっていたとはいえ、そもそもこの曲を自らのテーマとして選んでしまう外連味が素晴らしいではないか。しかも、テーマをひとくさり弾いたらその後はテクニカルなフレーズの雨あられときている。早くもロンの演奏技術が桁違いどころか異次元レベルであることを思い知らされ、バカテクもここまできたらもはやギャグだよねと悟ったあたりに、元のテーマに戻ってきて曲は終了。お見事としか言いようのない導入部である。
フレットレス・ギターって、どれくらい弾くのが難しいものなのだろうか…
以後、ロンのソロ曲(インストは3曲くらいで、残りは歌もの)を中心に、カバー曲やリクエスト、さらには複数のリクエストをその場でマッシュアップするという尋常ならざる離れ業をこなしながら、終始楽しい雰囲気の中でライブは行われた。
自身の曲でも十分にその歌唱力は発揮されているけれど、THE POLICE、LED ZEPPELIN、GN'Rを歌うとその音域の広さにあらためて驚かされた。スティング、ロバート・プラント、アクセル・ローズのような超高音で歌うなんてことは専業ヴォーカリストでさえ極めて難しいことで、ましてギタリストでここまで歌える人なんて、ちょっと思いつかない。「ギタリストだけど歌がうまい」というレベルではなく、これはそもそもが「超人的なヴォーカリスト」と呼んで差支えのないほどの領域に達した者の歌なのだ。リラックスしたなかでのカバー/リクエストだからこそ、こちらも気楽に「すげー!」と言って済ませていられるだけで、ロンが本腰を入れて全力で歌ったら、世界中のハードロック系ヴォーカリストたちは裸足で逃げ去っていくだろう。(しかも、彼は歌いながらとんでもなくテクニカルなフレーズをノールックでバシバシ弾いていくのである。ギタリストたちは裸足どころでは済まされないだろう…)
また、この日が本邦初披露となった(らしい)マッシュアップには心底驚かされた。初めは、お客さんが着ていたTシャツを見てはJANE'S ADDICTION、VAN HALEN、GN'Rとワンフレーズ弾いたり曲をカバーしたりしていた。それがリクエスト制となって、アリス・クーパー、ART OF ANARCHY、QUEEN等のカバーとなり、そのうちに一斉に様々なバンド名が投げかけられるようになってしまい、「わかったわかった、じゃあそれを一度にやってみよう」とロンが言い出したのが始まりだった。それも、「ジミヘン風ギターで、ALICE IN CHAINSをDEF LEPPARDの"Love Bites"の歌詞で歌ってみよう」という、無茶にもほどがありすぎる船出であった。やってる途中でAICは消えてしまったのだけど、本当にジミヘン風"Love Bites"になってて笑ってしまう。
以後、リクエストを募ると「(バンド名)OK. And?」とすべてマッシュアップ化しようとするロン。こうして、「Could be done! It could be done!(いける、たぶんいけるわ)」なるお言葉とともに、METALLICAとMR.BIG、オジー・オズボーンとフランク・ザッパ、PEARL JAMとJOURNEY、YESとFAITH NO MOREなどという珍妙なキメラが続々と誕生することとなったのであった。(信じられないかもしれないが、YESの"Roundabout"リフとFNMの"From Out Of Nowhere"歌メロの相性はバッチリだった。あと5分もやっていたら完成形に達していたのではないだろうか)
まったく、とんでもない音楽的反射神経と勘のよさである。DJと違って、その場で演奏と歌唱を要求されてしまうだけに恐ろしくハードルの高い離れ業だ。と言うか、これを即興でできる人が他にいるとは、とても思えない。それでいて、観ている分にはまごうことなきエンターテインメントなのである。世界最高峰の音楽家が、率先して道化役を買って出ているわけだ。宝の持ち腐れも、ここまでくると一周どころか五周くらい回ってどこを切ってもアートである。いや、実際問題、ロンは文字通り「Art(技芸)」のひとなのだった。
ロンのソロ作を聴いたことはあるだろうか。わたしは2015年リリースの最新作『Little Brother Is Watching』しか聴いたことがない。それ以外の作品は入手困難なCDが多く、ダウンロードで聴くことはできるものの、やはり形として手元に置きたいのでDLは見送っているのだ。ただ、この最新作が素晴らしくて、21世紀以降のハードロック・アルバムのなかでも指折りの傑作と言える、ロンの豊かな才能をこれでもかと教えてくれる作品となっている。(いずれ、「歌うギタリストの隠れた名盤10選」みたいなブログをかいてみるつもり)
やや欧州的な湿り気とアメリカンなポップさが適度に融合し、そこかしこにQUEENを血肉化していなければ出てこないフレーズやコーラスが顔をのぞかせる、メロディアスでドラマティックなハードロック。そんな正統派な作風にあってもなお、飛び出てくるトリッキーなギターソロの数々。しかしそれは手癖などではなく、楽理的に計算されたフレージングなのだ。
ライブを観始めて早々に、タガの外れたアヴァンギャルドなソロが、実はとても「キャッチー」であることに気づいた。楽曲が細部に至るまでかっちり構築されているからこそ、各セクションにおけるソロは無駄に長くなることがなく、短いパッセージの連続体として次々と変幻自在に展開していく。だから聴きやすく(意外にも)覚えやすいのだ。これは「トチ狂ったトムとジェリー」のようなインストものでも同じことで、観ていて(聴いていて)退屈することがない。だいたい、「聴き慣れないおかしなフレーズ」という時点でそもそも「おもしろい」のである。
音楽理論の途方もない蓄積と、そのアクロバットを可能とする驚異的な技術、そして湯水の如く湧き出てくる尽きることない大胆な発想。綜合的な音楽家としてロン・サールはかくも高みにあるというのにしかし、この人はなんと気さくでチャーミングなのだろう。演奏しながら編み込んである髭をなでたり髭でギターネックを叩いたり、大急ぎで離陸するパイロットみたいなノリで早口にまくしたてつつギターのセッティングをしたり、"Hey Jude"の演奏中に席を立ったお客さんに「ちょっ、どこ行くん?ちょい待って!待って待って待って!ビートルズやぞ!」と大慌てで声をかけたりと、片時もユーモアを忘れない御仁なのだ。と言っても、「エンタメの本場=アメリカ」的な、プロフェッショナル(職業的)な技術としてのステージングというドライさとは無縁。あくまでも自然体でその誠実な人柄が伝わってくるような、親しみやすさばかりを感じた。
音楽を、ギターを、歌を愛し、楽しむこと。そんな自分でいられることの喜びと感謝を、この人は絶やしたことがないのではないだろうか。だからこそ、オーディエンスであるわたしたちをここまで尊重したパフォーマンスとなるのではないか。その音楽的才能以前に、音楽への大きな愛を胸に炎として宿したひと。天衣無縫なこどものようでいて、自分の存在意義をはっきりと認識している真に大人なひと。彼がGN'Rで長きにわたりアクセルを支え活躍してくることができたのも、当然だという気がした。ライブを観ていて、そう思わざるを得なかった。
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オマケ
終演後、おもむろに袋を取り出したロン、「これは……ソーセージみたいだけど……甘いんだ。しかもクランチーで……甘いんだ。(食べる)うん、おいしい」などと(差し入れでもらったらしい)かりんとうを誉めそやす。たいていの技巧派ギタリストが不思議とそうであるように、彼もやっぱりどこか天然さんなのだった。